坂井豊貴『ミクロ経済学入門の入門』:看板に偽りなし
ミクロ経済学の入門書、の前に読むべき入門書。
経済学に限らずどの分野においても、思ったより簡単に最初から最後まで読めてしまう(ところどころ理解に怪しい部分があったとしても、挫折しないである分野の本を一冊読み切れる)というな配慮は入門書にとって重要だと思う。著者の体験や読者にとって身近な事例などを織り交ぜた柔らかい語り口と、図を多用したビジュアル、書籍の薄さ(176ページ)などのおかげで本当にサラッと読めてしまう本書は、そのような配慮に溢れた書籍だ。
この薄く、読みやすい本のなかにミクロ経済学が取り扱う多岐多様にわたるトピックがこれでもかというくらいぎっしり詰め込まれていることも驚きだが、一方で書籍全体として一つのストーリーになっているので、扱われているトピック同士の関係性や、それぞれのトピックがミクロ経済学の中でどのような意味を持って取り扱われているのか、というのを理解しながら読み進めることができ、詰め込まれたトピックの多さによって読者が混乱することもない。
本書により深淵なるミクロ経済学の世界を入り口からちらっと覗き見てしまった読者は、著者の思惑通り「もっと中を覗いてみたい」と思わせられるだろう(かく言う自分が、まさにそうだ)。「入門の入門」の看板に偽りなし。
併せて、同じ著者による、評判の良い他の書籍も読んでみたい(まずは新書から)。
マーケットデザイン: 最先端の実用的な経済学 (ちくま新書)
- 作者: 坂井豊貴
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2013/09/04
- メディア: 単行本
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『海賊とよばれた男』(山崎貴):消化不良感
出光興産とその創業者である出光佐三をモデルにした国岡商店と国岡鐡造の物語。
戦前、門司の機械油商時代から戦後、1953年の日章丸事件(映画内では「日承丸」)に至るまで、次から次へとさまざまな困難に直面し、それを乗り越えていく姿は、主人公、国岡鐡造のモデルとなった出光佐三の起業家/経営者としての胆力と懐の深さを見るものに想起させる――。
と、言いたいところだが、それぞれが重みに欠ける描き方をされたエピソードを次から次へと見せられて、申し訳ないけれどもはっきりいって消化不良気味。たとえば、鐡造と国岡商店をめぐる以下のようなエピソードがテンポよくひたすら繰り返された結果、残念ながらそこで描かれる困難さや、それを乗り越えていく強さが(言葉を選ばずにいえば)陳腐化してしまっているように感じた。実際にはどのエピソードも鐡造や国岡商店にとって重要なはずなのに、それが伝わってこなかったのは残念だった。
- 創業期のつらい時期に木田章太郎が鐡造にお金を出してあげる話
- ユキとの出会いと別れ
- 後の幹部になる人材の入社
- 石油配給統制会社との戦い/南方基地での石油取扱業者を勝ち取る
- 石油を扱えない時期のラジオ修理事業
- 満鉄への乗り込み営業
- 戦争と長谷部の死
- 石油タンクの底に残る石油をさらう業務
- 日承丸事件
そしてなによりも、タイトルにもなっている「海賊」に関してだが、その由来となる門司時代のエピソードも、その後の鐡造の人生における扱いも、どちらもあまりに淡白すぎじゃなかろうか。人がなぜ鐡造を「海賊」と呼ぶようになったのか(実際映画の中で実際に鐡造が「海賊」と呼ばれるシーンは意外と少ない)、そして「海賊と呼ばれた」鐡造の、その後の人生における「海賊」っぷり、「海賊」としての生きざまなど、もう少しメリハリをつけて描けたのではないか(原作は未読なので、原作におけるトーンは分からないが)。
岡田准一の老けメイクはとても良くできていたと思う。
『海賊とよばれた男』
監督:山崎貴 出演:岡田准一 吉岡秀隆 染谷将太 鈴木亮平 野間口徹 ピエール瀧 綾瀬はるか 2016 日本 145分
さよなら、ホーカー。
The Economist に “How much longer can they satay?” という、シンガポールのホーカーについての記事。急激な経済成長と都市化が進む「何もかもが高い国」シンガポールにおいて、ノスタルジックな雰囲気のなかでチープイートにありつけるホーカーは、そこで生活する人々にとって、あるいはそこを訪れる旅行者にとって、さらには出張者にとってさえ愛すべき存在だ。
記事中に興味深い数字がいくつか。
Roughly half of the 6,258 government-managed stalls pay rents as low as S$160 ($120.80) a month. The other half, however, must pay market rates, which can exceed S$4,100 a month. These stallholders must compete with each other on price. People will not pay S$8 for a bowl of fishball noodles that they can get for S$3 two stalls away.
シンガポール政府が管轄している屋台 (stalls) の数は6,258。上記引用部とは別のところで「シンガポールにおけるホーカーセンターの数は100強」という記述があるので、1つのホーカーあたりの屋台数は平均して60前後ということか。そして、あの狭い屋台の家賃がなんとS$4,100 (約380,000円)。単身赴任サラリーマンの自宅家賃が30万円を下らないような国なので、そんなもんだと言われればそんなものなのかもしれないけれど、さすがシンガポール。
ただ、大昔に路上で営業していた屋台に関しては、政府主導で衛生管理が整ったホーカーセンターに移転させる際のインセンティブとして、低い家賃を設定したため、実際は「第一世代」と呼ばれる半数以上の店舗はS$160 (約15,000円) しか家賃を払っていないらしい。これら「第一世代」の屋台の世代交代にあわせてホーカーの家賃が高騰、提供される料理の値段も上がっていき、いまある形でホーカーが生き残ることは難しいだろう、というのがこの記事の論旨。
既にいくつかの屋台では、セントラルキッチンで調理済みの料理を複数の屋台に配達するといったやり方を始めていたり、より高い単価が取れるようにローカル料理をやめてパスタのような料理に業態を変更したり、本格的な店舗オープン前のテストマーケティングとしてホーカーの屋台を利用したり、といった、従来のホーカーでは考えられなかったような取り組みが始まっているらしい。資本主義の中で治外法権のように存在していたホーカーも、取り囲む資本の論理からは逃れられず、その中に組み込まれていく、ということか。 冒頭の写真はマックスウェル・フードセンター (Maxwell Food Centre) の有名な粥屋。S$3 (約270円) で食べられなくなる日がはそう遠くないのかもしれない。




